入試と著作権

故郷でおこっていることに、ちょっと思うところあっての投稿。入試過去問題集から著作権の関係で長文問題の掲載が敬遠されているという記事があったが、これは残念な限り。

ひとつには、この争い方が生産的でない。著作者はどうして裁判にまで発展させるのかが分からない。自らの作品が読解問題に引用されるのはより多くの人に自分の作品に断片的なりにも触れてもらう機会として多とする面があっても良いのではないか、と思われる。無論、引用する側も無断で、というのは礼を失するというのは間違いないのだが、十分にWin-Winになりえるはずではないか、と思われるのである。実際、過去問題集で触れてオリジナルの作品に関心を持つことも多いのではないか、と思うのである。学校の教科書と同じことで、作品全部は掲載できないが、一部を掲載して少しだけ作品に触れることによって、奥の世界に興味を引き出されるという側面があるのではないか、と思う。

二つ目に、長文読解の問題の過去問って、過去問にのっていなくても害はない。陳腐な解説が加えられない方が良い、という気持ちにさせられる人も少なくない、という面ではないかと。著作者として、深みのない用いられ方、解説の加えられ方をすることに耐えられなかった、ということかという気もするが、これは問題製作者側に問題があるということになろう。長文読解力という意味では、何でもいい、というところばかりを問題にするのが不愉快、ということに起因しているのかもしれない。そりゃそうだ。問題製作者は、客観的な問題づくりを意図するわけだから、作品そのものと無関係なところを無機質に問題として取り上げる。どうしてここを問題として取り上げているのか、まったく理由はないので、作品を作品として読むよりは、ゲームのフィールドとして問題を解く方は見る。作品として取り上げられているとはいっても、こんなのは納得しがたい、という気持ちになるのもわかる気がする。

最後に、大学入試もコストはかかるけれど、長文読解、というとき、文章の一部を切り取るのではなく、本一冊、とかいう対応をすれば、この問題は解決できるのではないか。転載するのではなく、本を買わないと問題が解けない、というようにすれば、著作者は印税が入るし、問題を掲載する側もいちいち転載する必要がなくなる。問題文は本の何ページから何ページについてだったり、本を通して何が言いたいのかを問うものだったり、と。問題文を作る方も大変だけれど、あるべき姿のような気もされなくもない。入試会場にいったら、問題文、ということで本が配られた日には受験生も面食らうでしょう。コストが高くつく、ということだったら、事前に課題本ということで指定しておいて、持参させるのも一案。いや、むしろこの持参させるのはグッドアイディアかもしれない。

入試の在り方に発展させるのは飛躍と承知ながら、こんなこともきっかけに、日本の入試改革がおこると面白いなぁ、と思うのでありました。
by danpeii | 2008-05-26 14:47 | 商売評価

マイペース、お気楽、ノン・タイムリー日記
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