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政治の透明化

今朝はasahi.comがヤフーが政治に関するトピックを作成したことについて報道していたのが目を引いた。午後発表というところを見落として、はりきって早速Yahoo!を開いて探したときは、時間がまだ午前のことだったので、未公表だったのだけれど、今見てみると、なかなか良く出来ている。本当にこのサイトのコンテンツが維持されるならば非常に価値あることだと思われた。

 Yahoo!みんなの政治
 http://seiji.yahoo.co.jp/

何故、これが価値のあることだと思うかと言えば、無論、これによって有権者全体の政治に対する関心が高められ(政治家の法案に対する投票行動についてガラス張りになるとともに、検索できるようになる)、また有権者としては、簡単に自らの政治における関心事について追加で調べることが出来るようになるということの他に、本来、政・官が「国民の政治に対する関心が下がるのは問題」と認識しているというたてまえを標榜している中、有権者としては、それならば政(たとえば国会)・官(たとえば総務省)がこうした情報を一般にわかりやすいように、関心を持てるようにいろいろと工夫して提供してしかるべきであったサービスが、民間のイニシアチブで先を越して出てきたと見ることができるのではないかと思われるからである。そして、政治に対する関心を高める、という啓蒙的な活動についても、国民のニーズに対して民間のイニシアチブにおいても十分答えることが出来るという手本を示しているところでも価値がある。(逆に、政治に対する関心を高める」という政・官のかけごえが、所詮はかけごえだけで、本当はあまり関心を持たないまま、任せて欲しいという本音との葛藤の中で、文字通り掛け声だおれであったということをまざまざと見せ付けるところがあるように思う。)

こうした啓蒙的なサイトの今後の発展は、①公平性(impartiality)、②継続性、及び③情報の詳しさにかかっているのではないかと思っている。(Googleのニュースサイトについては、私は少なくとも公平性が掛けていると思っており(日本の隣国に肩入れし、日本の国内世論に対しある種のバイアスをかけようとしていると見ている)、極めてがっかりしている一方、右との比較では(あくまでもGoogleとの比較でしかないが)、Yahoo!は現在のところ、私にとっては公平な運営がなされているように思っている。) そしてこのYahoo!の啓蒙的ポータルサイトが今後どのように発展していくのか、スピーディな最新情報の更新と内容の充実により、国民的注目の集まるサイトとして発展していくことに期待したい。

(※本記事を作成した際、風邪で不調だったためか、誤字脱字多数で見苦しかったので修正しました。)

記事の全文
by danpeii | 2006-02-22 22:38 | 個と社会

ハット

妹夫妻がフェルトのハットをプレゼントしてくれた。すごい。ネームまで入っている。こんな帽子を作っている店があるということも知らなかった。普段からかぶることを嗜んでいる(?というのか)訳ではないが、そのメーカーを調べてみて(以下は紹介文の一部)、ちょっと興奮。
◆スーツをりゅうと着こなしたスマートな紳士が仕上げに帽子をかぶる…
 するとそのお洒落は完成する。
まさに帽子こそがダンディズムの象徴といえるものですね。

◆かってのヨーロッパでは紳士を見分ける方法として、こんな言い回しがあったそうです。
【もしその人物が家の中に入って来て、帽子を脱ぐようなら真の紳士。帽子を脱がないのなら紳士のふりをしている男。そして帽子をかぶっていない人物は、紳士のふりをすることさえあきらめている男】


頭が大きいので(周囲60cm)、普通の帽子屋さんでは滅多に入るような帽子がなかったが、このプレゼントしてもらった帽子はジャストフィット!とてもダンディーになった気持ちです。
・・・
後は本当にダンディーになるよう精進するだけです。(それが大変)

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by danpeii | 2006-02-05 12:30 | 四季徒然

国家の品格

a0045621_026518.jpg国家の品格を読んだ。新年の挨拶で現在の職場の社長代理が紹介していたので、タイトルには全く惹かれなかったけれど取り敢えず会社の書店で購入したもの。(内容は以下に参考としてアウトラインを掲げてみた。)

タイトルは仰々しく、こういう大上段のタイトルは私を警戒させることが多いが、内容は嫌いではなかった。おそらく書いた人が数学者ということもあり、何かイデオロギーべとべとの本ではないだろうという変な安心感もあったのかもしれない。武士道精神をあがめる発想自体は特に新鮮味もなく、「ふぅーん」といったところであったが、次の3点は当たり前のようでありながら、気付きを与えてくれる内容であった。

(1) 論理と本質は別物であり、論理を尽くしても本質には辿り着くものではない。論理的であればあるほど、出発点を誤れば帰着点を誤る。
当たり前のようなこのことが、明確に言葉として心の中で意識すると、まわりの色々な人の言っていることが落ち着いて聞き取れるようになった。往々にして論理的であろうとすると、論理は正しいか間違っているかなので、出発点の問題であるにもかかわらず、論理を戦わせていると錯覚することにより、議論を誤ることがあるなぁ、と改めて気付かされる。論理によっては出発点は導かれないので、出発点について議論するときは、論理とは別の世界で議論をできるようにならなければならない。(この本の筆者はそれを武士道精神だというが、・・・)

(2) いけないことはいけないことを定式化してくれている。いけないことはいけない、これだけは絶対守ることが必要というもの、それを呪文のように心に刻み付けたいが、良い例を必要としている自分に気付かされる。紹介されていた什の掟や喧嘩のルールなど、こういう精神規範の具体例は重要。特定の宗教に帰依していない私には精神規範の探索がまだまだ課題だと改めて気付かされる。

(3) 所詮経済であるということ。経済などなくても人は存在していることはふと忘れていた気がする。恥ずかしいことだが、最近の自分を振り返るとそうである。多分、景気が上向きに回復するなか、世の空気がさわさわと踊るなか、私のマインドもどこか踊ったところがあったのだと反省されるのである。

格好良く生きるために、こうした精神規範について年頭挨拶で紹介する会社って、とは少し思うところがなきにしもあらずであった。しかし、冷や水を浴びせかけられる事件も起こる一方で、やはり景気が回復するにもかかわらず、どことなく、日本の将来を自分のこととして牽引していく意識が個人個人に根付いていないように現在を認識する人には、精神論も必要なのだろうと、少し共感するところがあったのである。


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by danpeii | 2006-02-01 00:27 | 個と社会

マイペース、お気楽、ノン・タイムリー日記
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